われに従え

主イエスは、どのようなお方だったのだろうか?どのように歩まれたのだろうか?時々、そのようなことを考えることがあります。

 主イエスと地上の歩みを共にしたペテロは、次のように言っています。「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見出されませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。」(Ⅰペテロ2:22-23

この御言葉を読むと、自分がどんなに主イエスから遠い人間であるかと思わざるを得なくなります。先日もこんなことがありました。一人の車椅子の婦人に頼まれて役所に連れて行きました。用事が済み、車を取りに彼女を玄関口に残して戻ると、守衛さんにものすごい剣幕で叱られました。「ダメじゃないですか。車椅子の人を一人にしておいちゃ!」後から考えると沢山の外国人が出入りする所でしたので、危険だと思われたのでしょう。けれどもその時の私にはそんなことに思いが行く余裕はありませんでした。車の往来が激しい上に駐車スペースが無くて焦っていました。そこにいきなり怒鳴られたのです。思わず怒鳴り返していました。「一人でやっているのですよ。無理にきまっているでしょう!」

 振り返るとき、「ののしられてもののしり返さず」どころではない、口には偽りが多く、苦しめられると牙を剥き、正しく裁かれる方に任せることができないで自分で裁いてしまう。そんな自分の姿を思い出されて、ただ主の前に額づき、遜り、十字架を仰ぐのみです。「われに従え」と言われる主の背中を見つめて、少しでもついて行きたいと祈らされます。
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by sayama_church | 2018-03-13 11:28 | 牧師の窓 | Comments(0)
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