痛みと苦しみ

だれにでもきっと苦い思い出というものがあるでしょう。挫折、失敗、他者から受けた傷・・・人はそれぞれに何かしらの痛みを心のどこかに抱えているものです。普段は心の奥底に封印していても、何かの折に思い出されて、かさぶたが取れて血が噴き出すような心の疼きを感じることもあります。

 聖書に次のような御言葉があります。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」ローマ8:28

 この御言葉はありがたい約束です。神を信頼し、愛するときに、すべてのことが益となるというのです。人となってこの地に降りてこられた御子イエス・キリストのことを考えてみて下さい。彼はだれよりも痛みと苦しみを味わられました。人に捨てられ、除け者にされ、罵り嘲られ、ついには十字架の死です。けれどもイエスは、すべての苦しみを父なる神の許しと御心にあると受け止められたので、十字架の苦しみは全人類の罪の贖い、救いの道と変わりました。

 人が抱える心の痛み、疼~劣等感、挫折、失敗、他者から受けた傷・・・等々~は、そう簡単には癒えるものではありません。けれども、神は私たちを慰め、癒すことができます。そして、もしそれらを神の摂理の中にあるものとして受け止めることができたならば、過去、現在の痛みと苦しみの経験は、すべて益となり、将来に向かって大きな実を結ばせるものとなるのではないでしょうか。聖書はそう約束しているのです。


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by sayama_church | 2018-06-10 20:27 | 牧師の窓 | Comments(0)
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