小千谷の地から

 先週、うかつにもギックリ腰になってしまいました。ほんの30分ほど草むしりをして立ち上がろうとしたときに、どうにも立ち上がることができないのです。ようやくの思いで家に戻ったものの、翌々日までどうにも朝起き上がれずに早天は家内にお願いする始末。当然のことですが、家内からは小千谷への奉仕は延期した方がよいと言われ、折しも台風が近づいているので一層そのように勧められましたが、何とか無事に小千谷に来ることができました。

私は信仰をもっておよそ半世紀、献身してから30年ほどが経ちましたが、振り返る時にその歩みは何とたどたどしかったかと思わされています。最近は自分の弱さと罪深さを思い知り、打ちのめされるように思いをすることさえあります。使徒パウロは「『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。』ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです」(Ⅰテモテ1:15と言っていますが、まさにそのような思いです。

けれども使徒パウロが「そのような私があわれみを受けた」(同1:16と深く感じて、主に身を捧げて仕えましたが、私も「こんな私」を赦し、愛し、受け入れて下さった主のご愛に感謝して、そのご愛に応えてもう一度自分自身を主に全く捧げて、歩んでいきたいと思わされているこの頃でもあります。

信仰生活は、歯を食いしばって、あるいは苦虫を食い潰したような顔して、歩む道ではありません。主の愛と恵みをいっぱい受けて、感謝と喜びに溢れ、主のご愛に少しでも応えたいと自分自身を神に捧げて歩む道です。小千谷の地から今日の狭山キリスト教会の礼拝の祝福を心からお祈りしています。


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by sayama_church | 2018-07-30 21:11 | 牧師の窓 | Comments(0)
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