神により頼む

 聖書を読んでいると著書の息遣いが聞こえてくるような生々しい言葉に出会うことがあります。詩篇によくそれを感じますが、パウロ書簡にも見出します。 次の御言葉もその一つです。

 「兄弟たちよ。私たちがアジヤで会った苦しみについて、ぜひ知っておいてください。私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、ついにいのちさえも危うくなり、ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせたくださる神により頼む者となるためでした。ところが神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、私たちはこの神に置いているのです。」(Ⅱコリント1:9-10

 パウロは、間違いなく学問、知性、見識、体力、意志、実行力などすべてにおいて当代一流の人物でした。しかし、死を覚悟するような苦しみを通して、実は自分自身は頼りにならないことを痛感し、神に本当により頼む者となりました。私たちのほとんどは、パウロのようにギリギリのところまで追い詰められたことはないと思いますが、「乗り越えられるだろうか?成し遂げられるだろうか?」とへたり込んでしまいたいような問題、課題にぶち当たることはあると思います。

 どんなときにも、自分自身ではなくて、神に望みを置きましょう。そうすれば、問題から逃げることなく、必ず乗り越えることができます。


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by sayama_church | 2018-08-29 21:40 | 牧師の窓 | Comments(0)
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