愛し、愛され 

ここ2週間で私はお二人の方のご葬儀をさせていただきました。振り返ると、これまでにクリスチャン、ノンクリスチャン、生前の姿を知っている人、知らない人など色々な方々のご葬儀の司式をいたしました。そのような時、ときどき人の生き様とその結果を少しだけ垣間見るような思いをすることがあります。

 少し意味合いが違うように捉えているかもしれませんが、「人は生きたように死んでいく」という言葉を耳にしたことがあります。聖書には「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。」(ガラテヤ6:7)という言葉があります。

 つくづく感じることですが、人は愛した人に愛されて死んでいきます。家族を愛して、家族のために心を尽くして生きた人は、家族の愛に囲まれて、死んでいきます。多くの人を愛して多くの人のために尽くした人は、多くの人に愛され、多くの人に惜しまれて死んでいきます。深く愛した人は深く愛され、少しだけ愛した人は少しだけ愛されて死にます。必ずしもすべての人に当てはまらないかもしれませんが、そんなことを思うことがあります。

人生の素晴らしさは、自分のためだけに生きるのではなくて、他者のためにも心や思いや愛を注ぐことにあるのではないでしょうか。それは必ず返ってきます。自己中心で罪深い私たちですが、主イエスにあってそのような心と生き方を与えられたいものです。否、主イエスは、与えてくださるのです。


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by sayama_church | 2018-09-18 15:48 | 牧師の窓 | Comments(0)
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