定年? 

先日、インマヌエルの聖会にお招きをいただいたとき、そこで同年代の男性たちにお会いしました。私と同い年の人もいました。彼らの口から「まもなく定年なのです。」と言う言葉を聞いたとき、私はフッと献身したときのことを思いだしました。

 大学を卒業して私はある会社に就職しました。果たしてこれで良いのだろうかとの拭えない思いがありましたが、無我夢中で仕事をしました。だんだんと会社にも慣れ、仕事にも自信がついてきました。やがて希望が適い、営業企画課から生産企画に異動となり、海外工場への赴任が目前となったときでした。主イエスは、私に声を掛けられたのです。「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」(ヨハネ20:21それは、ある聖会の閉会礼拝の時で、山を下りたら仕事にまい進しようと思っていた矢先でした。

実は、私がその聖会にやってきたのは、仕事をこのまま続けるべきか、献身すべきかのどっちつかずの思いにピリオドを打つためでした。正確に言うならば、献身への思いを拭い去って、仕事に心を定めたかったのです。ところが主の重い御手が自分に置かれているのを感じて、私は耐えきれずに献身の招きに応えて前に進み出ていました。30年も前の話です。

人には、それぞれ使命があります。主は私を牧師に導かれました。今、私は定年どころか、これから牧師としての働きを本格的にしなければと思っているところです。牧師にしていただいたことを本当に感謝しています。


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by sayama_church | 2018-10-07 15:01 | 牧師の窓 | Comments(0)
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