最近、大変恵まれた一文をご紹介いたします。
「キリストは砕かれた者をもって王国を建てられる。人間はただ強い者、成功した者、勝った者、砕かれない者をもって王国を建てる。しかし、神は不成功な者、失敗した者の神である。・・・『われに従え。さらばなんじを・・・』力もてわが言葉を語る者とせん。またわが憐れみの管とせん。汝を常に人を助くる者とせん。・・・汝を自らなり得ざる者、愛らしく、信仰深き、聖徒とせん。かくてなれはわれに似たるものとならん」(カウマン著 荒野の泉より)
ところで聖書は次のように言います。「しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。しかし、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました。」(Ⅰコリント1:27-30)
人が、真にいのちに溢れ、多くの人の祝福の基となり、永続的な価値ある働きをなす道があるとすれば、それは私たちをして神が働いて下さる以外にありません。神の前に己を虚しくして、肉のいのちではなく神のいのちに生きるのです。神は御自分の栄光をだれにも与えられません。すべての栄光は神に帰すべきです。
そんなことを改めて教えられた思いでした。