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2009年 07月 27日 ( 1 )

礼拝のこころえ③

 確か、礼拝についてもう一回書かせていただくと言いながら、2回ばかり別のことを記してしまいました。今回は、久しぶりに礼拝に戻りたいと思います。
 礼拝は、主の御前に出て、主の臨在に身を置き、主と交わりを持つときです。主を賛美し、主を称え、聖書の御言葉のメッセージから主の語りかけを受けます。そして主の語り掛けへの応答として、祈りと献金を捧げます。
 私は、献金は主への感謝の心を表すものであると同時に、「主を愛し、主に信頼し、主に従って歩んでいきます。」との献身の心を添えることが相応しいことだと信じています。昔、ある集会にひとりの少年が出席していました。献金のときとなり、献金を集めるお盆が回ってきました。その少年は、お盆を床の上に置くと、何とそのお盆の上に直立不動の姿勢で乗ったのです。そして彼は言いました。「ぼくには、神様にささげるお金はありませんが、ぼく自身を神様におささげいたします。」この少年こそ、後に暗黒の大陸といわれたアフリカに福音を伝えたリビングストンです。
 聖書にはこうあります。「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」(ローマ12:1)
 真の礼拝とは、主の愛と恵みに応えて私たち自身を神にささげることなのではないでしょうか。主を愛し、主に信頼し、主に従う人生そのものが礼拝なのです。
by sayama_church | 2009-07-27 20:57 | 牧師の窓 | Comments(0)