2018年 07月 02日 ( 1 )

真理

 先週は、大失敗をしてしまいました。木更津の教会での礼拝奉仕に遅刻してしまったのです。

狭山から木更津までは3時間弱かかるので、早朝礼拝を早めに終えて、家内に駅まで車で送ってもらい、車中の人となりました。「やれやれ、これでなんとか時間までに到着できる。」とひと安心したのですが、何と、途中電車を乗り間違えてしまったのです。間違いなく千葉行きの電車に乗ったつもりが、逆行きでした。自分の思いこみや確信がいかに当てにならないかを痛感させられました。

ところで聖書に次のような御言葉あります。「そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた。」(士師記21:25士師記の時代は、人々が「自分の目に正しいと見えることを行なっていた」のですが、社会の道徳的、倫理的水準は、地に落ちていました。現代の私たちも、自分にとって正しいこと、良いと見えること、納得できることを行なうことを是とする風潮に生きていますが、社会も個人も混迷を深め、迷い、悩んでいるように思えてなりません。

人間には、時代、地域、国、文化、習俗が変わっても変わらないもの、すなわち真理が必要なのではないでしょうか。ちょうど大木が何百年経っても変わらずに同じ場所に立ち続けているような揺り動かされないものを。わたしは、それを聖書に、そして聖書が啓示するイエス・キリストに見出しました。

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」ヨハネ14:6


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by sayama_church | 2018-07-02 22:09 | 牧師の窓 | Comments(0)