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希望のひかり

 教会の屋根の十字架の電飾が久しく故障していましたが、復旧いたしました。教会のM兄が大変な時間と労をかけて、新しいものに付け替えて下さったのです。本当に感謝いたします。

1年ぶりに闇夜に輝く十字架に次の御言葉を思い出しました。「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちに上に光が照った。」(イザヤ9:2)これは、キリストの誕生の700年以上前に活躍した預言者イザヤによる主イエス・キリストの誕生についての預言です。聖書は、キリストの誕生と存在は、希望を失って暗黒の中にいる人にとって、大きな救いの希望だと語っているのです。

 人生には、自分の力ではどうにもならない問題に打ちのめされ、暗闇に突き落とされるような思いをもつことがあります。どうしたらよいのか分からずに、暗く重苦しい気持ちに圧迫されるようなところを通ることもあります。しかし、キリストは、例えどんな暗黒の中で望みを失っていても、私たちの希望となって下さいます。キリストは私たちを神から引き離している罪を十字架で背負われました。キリストの十字架のゆえに、罪の赦しと永遠のいのちを受け、神の守り、祝福、救いに入れていただけるのです。

 どんな暗闇の中にあってもキリストのゆえに必ず希望を持つことができます。


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by sayama_church | 2018-12-09 20:06 | 牧師の窓 | Comments(0)

2018年12月8日(土)~9日(日)のご案内

【12月8日(土)】

   講演会  午後2:00~3:30
 
     苦しみの向こうに光がある~東日本大震災で何を見たか

             講師: 福島第一聖書バプテスト教会
                         佐藤彰牧師

                          入場無料




【12月9日(日)】
 
◆ 早朝礼拝  午前7:00~7:40

        説教  小坂嘉嗣師
 

◆ ウエルカム礼拝   午前10:30~11:45
  

        説教  未来に向かって
            
             イザヤ43:18~21
               
            福島第一聖書バプテスト教会
                     佐藤彰師
    
    すべての人を歓迎いたします。ぜひお出かけください。



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

            説教  小坂嘉嗣師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。クリスチャンでない方も参加することができます。
 教会はすべての人を歓迎いたします。
 
 ストレス、問題、悩みの多い日常にあって、聖書の言葉を通して心の休みと力を得て下さい。 
 信仰を強制したり、押し付けるようなことは一切ありませんのでご安心ください。

・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
  <送迎場所>
   10:00am 武蔵藤沢駅東口前のグリーンガーデンのコープ(生協)前
   10:10am 入曽駅西口
     お身体の不自由な方のご自宅

  送迎車をご利用の場合は、予めお電話をいたでけますと
  間違いがありません。

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by sayama_church | 2018-12-04 15:50 | 特別行事 | Comments(0)

キリストの犠牲

 今年も早いものでキリストのご降誕をお祝いするクリスマスシーズンを迎えました。教会暦では今日からアドベントです。

 この時期は、街は色とりどりのイルミネーションでとても華やいだ雰囲気になります。クリスマスは「喜び」、「お祝い」のときですから、それは相応しいことです。けれども同時にキリストが払われた犠牲にも心を向けたいと思います。

聖書は、こう言います。「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。」ピリピ2:6,7

 クリスマスは、キリストが「神のあり方を捨て」、「ご自分を無にして」くださったときでもあります。「無に」とは、特権を主張しないとの意です。人間は、自分の権利ばかりを主張し、神のために、人のために犠牲を払うことのいかに乏しいことでしょうか。

 キリストは、私たちを愛するがゆえにご自分を捧げて下さいました。愛する者のためには喜んで自分を犠牲にできるものです。私たちもキリストを見上げることを通して、聖霊によって神に対する愛、人に対する愛を与えていただき、神のため、人のためにいくらかでも自分を捨てて、犠牲を払うことのできる人にさせていただきたいものです。
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by sayama_church | 2018-12-02 20:04 | 牧師の窓 | Comments(0)